電力費と鋳造業

 銑鉄鋳造業は鉄を1500度という高温で熔解するために大きなエネルギーが必要で、最も使われる電気炉溶解では、概ね製品1kg当り2KWH程度の電力を使い、電力コストは製品価格の1割近い大きな割合となり、常に経営上の重要な課題です。

電力供給の最近の状況

 電力は公共性のため現代でも実質的には地域独占、経営面では総原価主義で総コストを利用者負担する制度、大電力利用先用の自由化部門はサービス多様化で顧客企業ごとに条件が異なり非公開であることが特徴です。

 2011/3/11の東日本大震災と福島原発の被災と停止により、日本全国の原発は次々に停止し、エネルギー供給に重大な支障が発生。

 燃料の調達や為替の円安などで発電コストは大幅に上昇し、さらに再生エネルギーの優遇促進政策によるコストアップの利用者負担が重なり、電力多消費業界である鋳造業に深刻な影響を与えています。

電力費の構造

電力費用と燃料調整額・再生エネ等
 電力費用は、鋳造業では、電力会社の区分では大電力使用のため基本料金や利用料金が自由化部門になり、各社毎に条件が異なり共通性が無く非公開。このために、顧客との交渉では各社毎に電力会社から提供されたデータをまとめてコスト変化を見る必要があります。

 電気料金=月毎の契約基本料金+使用電力量×電力量料金単価

 電力量料金単価=ベース単価±燃料費調整額+太陽光発電促進付加金+再生可能エネルギー発電促進賦課金+温暖化対策税
 ※電力料金単価は電力会社から毎月送られる資料に記載。

 東日本大震災で原発停止した影響で、電力のベース単価改定、石炭・石油・ガス購入量増加と円安で燃料調整費増加、再生可能エネルギの生産増加で促進賦課金増加などにより、電力単価は増加し電力使用の多い鋳造業の経営を圧迫。

 平成26年3月改定の「素形材産業取引ガイドライン」にあるように、電力コスト負担増加が経営努力で吸収できる限度を超える場合は、事業継続のためには製品価格に転嫁する必要があります。

 お客様と交渉する時は、電力費の単価推移を数年などの長期データで提示し、各社・製品等で異なるコスト構造等を「数字・事実・論理」的に解り易く説明し、お客様の担当から上司までが理解していただける交渉ができることが大切。

 なお、毎年・毎四半期ごとなどのコスト変化を製品価格に反映する交渉労力の低減にはサーチャージ契約が有効とのことで、欧米ではかなり普及し、国内でも採用するお客様が増加しているとのことです。  

利用電力単価推移例:中国電力の場合

 中国電力の電力単価は、下記のグラフに示すようにH26年5月以降、一段高となりました。
 原発停止の影響を大きく受ける燃料調整費は、為替の影響もあり高騰しましたが、一方で米国のシェールガスや中東の政治不安等による原油の大幅な価格低下や石炭価格下落で、下がる状況が出てきた。一方、原発停止に伴う再生エネ振興策での高値買取による負担部分が、ついに5月KWH当り1.58円に倍増し、燃調調整費を上回る事態となりました。今後更に増えることが予想されています。  

平成21年4月-平成27年5月 中国電力年調費等推移例グラフ PDF
 平成21年4月-平成27年5月 中国電力年調費等推移例エクセルデータ

 

※注意事項
 原発比率が高かった電力会社で原発停止により構造変化対応でベース単価が変更されている場合は、推移は上記の変動分とベース単価変更分の合計単価が必要。
 中国電力では、原発比率が低かったためにベース単価は変更されていません。

< 各社のベース電力変化分一覧 >

電力会社実施時期特別高圧 円/KWH高圧 円/KWH
東京電力平成24年4月2.332.36
関西電力平成25年4月2.392.44
九州電力平成25年4月1.311.34
四国電力平成25年7月1.992.05
東北電力平成25年9月 2.212.29
北海道電力平成25年9月 1.641.69
中部電力平成26年4月1.191.21

再生エネルギーと原発

再生エネルギー 主として太陽光発電と風力発電

 福島原発事故による原発停止事態を受けて、電力の1.4%しかない水力以外の再生エネルギーの急速な拡大が必要とされ、高いコストを負担する仕組みとして高額買取と電力利用者への負担分散の政策に転換。

 太陽光発電の買取価格優遇政策の結果、日本全国に設置される太陽光発電所は急激に増加し、その結果再生エネルギーの賦課金も急速に増加し、電力溶解では製品1kg当りで、通常2kwh程度使用する鉄鋳物では、製品1kg当りでは3円を超える大きなコストになり経営を圧迫し、競争力低下につながっています。
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 平成23年4月-平成28年4月 中国電力再生エネ等単価推移例エクセルデータ
 

   また、再生エネルギー関係の合計では、既に今年平成27年5月以降には、1.58円と大きな金額になっていることが解ります。  再生エネルギーの発電量が増えるにしたがって賦課金は増加するため、将来的には電力価格の高騰が避けられません。

原発と原子力

 原発と原子力とは?まず、科学的基礎知識を知ることが大切です。

 現在実用化されている原子力とは、核分裂で生成するエネルギーを、蒸気圧に変えて蒸気タービンで発電することで得られています。

 蒸気発電では、熱効率が40%位ですから、余分な熱を冷却に大量の水や海水を使うため、海岸や大きな河川・湖の近くに建てられています。
 最近では、特にアジア地域において、安全性が改善された新しいタイプの原子力発電所の建設を進める動きが顕著です。
 H25年8月の資源エネルギー庁の「世界における原子力発電の位置づけ」には、世界各国で積極的に原発が導入されていることが報告されています。
 特に、中国ではきわめて積極的な原発建設が進行中で、運転中17基1,470万KW、建設中28基3,051万KW、計画中28基3,000万KWと、合計すると7,500万KWという巨大な原発の保持国となります。

 これらの原発がフル稼働すると仮定すると、年間では6,600億KWHの発電量となり、日本の年間発電量の約7割に相当する巨大なエネルギーが、石炭・石油・LPG購入不要の原子力でまかなわれることになり、単にコスト問題だけでなく、エネルギー調達という国の安全保障にも直結する大きな力となります。

  日本の製造業は、これによりエネルギーコスト面で、中国に対しては挽回不能なハンディを負わされる可能性があります。

放射線と健康への影響

 放射線の生物への影響については、短時間に大量の放射線に晒される場合と、長期間にわたって少ない放射線を受ける場合とでは異なるものと考えられているようです。しかし、後者の医学的なデータがはっきりしておらず、このために短期間・大量被ばくと被害の関係を比例的に考えることも仮説として行われています。
 日本では、この比例すると考えるリニア仮説から、放射線の基準を厳しく設定していますが、放射線医学など日常的に放射線を扱っている専門家からは、意味なく不要に厳しく国民の放射能恐怖をあおっているだけだとの批判を受けているという話もあります。

 地球誕生の太古から、地球上には宇宙や地球内からの放射線が存在し、放射線への防護を行うことができる生物のみが生き残ってきたということです。自然放射線を受けているにもかかわらず地球に生命が誕生し、今に至るまで生き延びてきたのは、そうした能力の獲得があるためです。
 また、放射線の影響はDNA損傷と考えられますが、現実には生体内の運動やストレスで発生する活性酸素が、放射線と全く同じ働きでDNAを損傷させるということです。しかし、人間は適度な運動やストレスのある環境の方が、健康には良いということで、日ごろの運動や家庭内や社会的仕事を行うことが推奨されています。さらには、適度な放射線は体に良いという考え方もあるということです(日本古来のラジウム温泉やラドン温泉など)。

 日本では広島・長崎原爆の記憶と重なり、原子力や放射線に関しては、理性的な対応ができにくい問題があります。
 2011年の東日本大震災で大きな被害を受けた福島第1原発は、福島の住民や日本国民に大きな被害をもたらしました。
 国連では暫定基準として、低線量の長期被爆基準として年間100mSvが定められています。
 しかし、福島原発災害では、国の暫定基準として国連基準よりはるかに厳しい年間20mSvが、住民避難基準として定められました。

 国民感情に配慮したこの基準により、福島の人達の多くが住む家を離れて苦しい避難生活を送ることになりました。医学的な根拠のない、基準が日本を苦しめている可能性が高いとの指摘もあります。
 日本国民のこの問題に対する正確で根拠のある理解が得られることは、とても大切です。

国際原子力委員会事務局長「福島原発事故報告」2015/08/31
 福島原発事故から、4年を経過して、IAEA(国際原子力機関)が、事故報告書をまとめて公表しました。 報告書は日本語版ではPDFで21ページです。報告書の17ページには、住民の健康被害に関して下記の記述があります。

 福島県民健康管理調査の精神的健康・生活習慣調査は、影響を受けた住民のうち幾 つかの脆弱な集団の中で、不安感と心的外傷後ストレス障害の増加など、関連する 心理学的問題を示している。UNSCEAR は、「(事故からの)最も重要な健康影響は、 地震、津波及び原子力事故の甚大な影響と電離放射線被ばくリスクに対する恐怖や 屈辱感によって影響を受けた精神的及び社会的福利厚生である」と推定した

  被ばくのレベルが放射線の世界的なバックグラウンドレベルと同様の場合には、 集団におけるいかなる健康影響の事象の増加も放射線被ばくに起因するとはいえな いことを明確にし、放射線被ばくのリスクと健康影響の放射線からの起因を、ステ ークホルダーに対してはっきりと示す必要がある。


 国連機関の報告なので、はっきりとは書いてありませんが、文章からは、

「東電職員の献身的な活動により最悪の被害をまぬかれ、住民被害は発生しないレベルの放射能漏洩でとどまったのに、あたかも健康被害の発生するかのような情報の流し方と基準の設定により、住民に健康恐怖感や屈辱感を与え、本来ならば不要な長期間の避難という社会的福祉の取り上げ事態を招いてしまった」

とも読めます。

鋳造業とエネルギー

 製鉄業は銑鉄の溶解温度が1500度前後であるため、巨大な溶解エネルギーが必要。古代のたたら製鉄時代、一畳ほどのたたらが設置されると、周囲の山々は、砂鉄精錬のための木炭製造のために禿山になると言われ、島根のヤマタノオロチ伝説は下流の村々が禿山から流れ下る大洪水に悩まされてきたことへの伝説とも言われているほどです。

 現代の銑鉄鋳物生産では、コークス利用のキュポラや電気炉での溶解になっています。電気炉生産では、一般的に売値の1割程度の電気代が掛かると言われており、電力コストは鋳造業では重要なコスト管理対象となっています。

鋳造業の特徴

 鋳造は、機械装置生産の中で、構造物として、また内部構造が機械加工では不可能なエンジンや、複雑な内部構造を持つ工作機械部品や、自動車用部品、油圧部品などで必須の製造法。

 1500度の高温溶解するための溶解炉、高温の湯を鋳込む入れ物としての耐火性を持つ砂型を作る砂処理装置、砂型を高速で造型する造型設備、溶湯を鋳込んだ後の冷却・製品と砂との分離・不要な部分を取り除く仕上げ設備などが必要で、典型的な設備装置産業となります。

 現代の鋳造は、溶解炉・機械・電気・制御を扱うことから、高い熟練・技術・技能を持つチームによる生産体制が必要な、高度な産業となっています。
 砂を扱う設備のため、設備の摩耗・損耗が激しく、環境面からはヘビーデューティ設備としての特別仕様の設備が要求され、頻繁な保守・更新が必要な機器を取り扱うために、機械・電気・電子のバックアップ産業が充実していることが要求されます。

 また、鉄は添加物に対して大きく影響を受ける物質で、その強度は10kg/平方ミリから100kg/平方ミリなど、大きく変化するために、原材料管理は品質管理上重要な課題ですが、一方では鉄スクラップを利用するために、リサイクル産業の品質管理レベルが高くないと成り立たない産業でもあります。

 鋳造のこのような産業特性から、日本の機械産業のサポーティング産業と位置付けられ、日本鋳造協会では発足以来、て鋳造業の維持と発展のために様々な施策を展開しています。

 具体的な施策としては、技術の継承や育成のために、鋳造産業ビジョン作成・アクションプラン作成と実施・鋳造カレッジの開催(既に約600名の鋳造技士誕生)・支部活動の展開など、活発な活動を行ってきました。